タモリさんは、アドリブというよりも自身の赤塚不二夫さんへの思いを
そのまま語ったんですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080808-00000046-spn-ent
昨日、赤塚不二夫さんの告別式があり、そこでタモリさんが
「私もあなたの数多くの作品の1つです。」で締めくくる弔辞を
読み上げていました。
その弔辞は、生前どれほど二人が強い絆で結ばれてたか、
どれだけタモリさんが赤塚不二夫さんを慕っていたか、
どれほどお互いを大切に思っていたかが、強く伝わるもので、
聞いてるだけで涙が出てくるものでした。
その弔辞の全文が上のヤフーニュースでも読めますが、
その動画があったので、載せます。
淡々と読み上げるタモリさん。
赤塚不二夫さんのことを、心から慕っていたし、理解していた、
と分かる弔辞ですね。
この弔辞は紙に書いたものを読み上げてるように見えますが、
どうやら何も書いてない「白紙」を見ていた様子。
紙になど書かなくても、赤塚不二夫さんに対する「思い」は
自然と出てくるものだったのでしょう。
準備するのが嫌だったのかも知れません。
次々にあふれ出る「思い」を、そのまま伝えたかったのかも知れないし、
赤塚不二夫さんに対する「芸人」としての姿勢だったのかも知れない。
真相がどうあれ、わたしはここまで故人に対する感謝がこもった
弔辞を聞いたことがないし、不謹慎かも知れないが羨ましかった。
ここまで分かり合い・慕い合う人に出会えた、赤塚不二夫さんと
タモリさんの関係が本当に羨ましかった。
そして、それほどの相手を喪ったタモリさんの心情を思うと
とても悲しかった。
あの長い弔辞をアドリブで読んだことに対する「賞賛」の言葉が
色々なブログで綴られてますが、わたしを含め、
それは弔辞に込められた思いを含めてのものだと思う。
あの長い弔辞は、相手に対する深い愛情や感謝がないと
出てこないものだと思うから。
決して、タモリさんが芸達者だから出た、というものではないから。
赤塚不二夫さんの人生を「良い人生だったんだな。」と思えたから。
故人への思いと、故人の生涯や人柄の良さをこれ以上ないほどに
語った弔辞だったのだと思います。
タモリさんの弔辞で、改めて感じた偉大な故人、
赤塚不二夫さんのご冥福をお祈り申し上げます。
この記事へのTrackBack URL
http://sublimeblog.jp/tb/2140297
http://sublimeblog.jp/tb/2140297




