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被害者複数なら「原則」死刑適用のスタンス―裁判員制度に大きく影響

山口県光市の母子殺害事件の最高裁による差し戻し
控訴審判決が、今日、広島高裁で出されました。

判決は「死刑」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20080422-00000930-san-soci

世論の感情や、被害者の無念、遺族の悲しみを考えると、
当然すぎるほと当然の判決だと思います。

今までが未成年に甘すぎ、初犯に甘すぎただけです。
そもそも死刑適用の司法判断が、昭和58年の
「永山基準」だというのがおかしい。

事件の凶悪化・低年齢化がこの十年ほどで、
これほど進んだのに、その基準は前世紀のものって。


未成年だから許されてしまうのか?
計画的な犯行でなければ、凶悪犯の凶暴さは減るのか?

遺族の立場で考えると、遣り切れなさしか残らず
この世を呪いたくなるような判断基準としか思えない。


その「異常さ」を訴え続けた本村洋さんをはじめとした
犯罪被害者の方たちや、厳罰化を求める世論の影響もあって、

「特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をするほかない」と最高裁が判断し、差し戻しに。


この判決は、法曹関係者からは画期的、と言われるらしい。

何故かと言うと、「被害者が複数の事案では、死刑を「例外」として適用される」だったことが、「原則」として
死刑を適用する、と「死刑が原則」になったから。


こんなの世論や遺族の方たちからすると、
画期的でもなんでもなく、遅すぎたことだろう。

反論されるだろうけど、裁判というのは加害者の
罪を裁くだけでなく、被害者・遺族の方たちの感情の
浄化もかねてると思ってる。

自分に対してのひどい扱いに対して、これだけの刑で
裁かれるのだ、それだけの事をしたという罪として
確定するのだ、ということを見て、変な話報われた感が
あると思う。

犯人が「当然の報い」を受けているのを見て、
事件の被害は消えないけれど、それでも判決をきっかけに、
少しずつ未来を見るようになるのだと思う。

それでも後遺症に悩まされることもあったりして、
完全に事件前に戻ることなんかありはしない。


それなのに、その「当然の報い」すら受けない加害者を
見たら、わたしなら絶望する。

その絶望を味わってきた人たちが、今までどれくらい
いらっしゃるのだろう。

どれほどの人たちの嘆きの上に、この「画期的」と
言われる判決が、今ようやく出されたのか。


「画期的」などと当たり前のことが当たり前に
とらえられてない状態を見ると、遣り切れなさが残る。



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光市母子殺害,差し戻し高裁で死刑判決
Excerpt: 大方の予想通りではありますが,死刑でした。かつてこの事件・裁判に関しては,一遺族である本村洋さんをマスコミも一斉に祭りあげて彼の挙げた声に世論が一気に流される構図はいかがなものかと書いたときもありまし...
Weblog: D.D.のたわごと
Tracked: 2008-04-22 18:16